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エルメスのデザイナー

エルメスのデザイナーを詳しくご紹介させて頂く。
エルメスの創始者はティエリ・エルメス。
二代目となったのが、シャルル・エミール・エルメス。
続く三代目はエミール・モーリス・エルメス。
四代目に選ばれたロベール・デュマ・エルメス。
そして五代目のジャン・ルイ・デュマ。ジャン・ルイ・デュマはロベール・デュマ・エルメスの息子にあたる。このように創業以来、同族の経営が続いているのである。

■ヴェロニク・ニシャニアン

ヴェロニク・ニシャニアンはフランスのパリに産まれた。学校はパリ・オートクチュール専門学校。
ヴェロニク・ニシャニアンは卒業後、セルッティのデザイナーとして自分の持つ力を発揮し、活躍する。
西暦1976年のことである。1988年にはメンズ部門の会社に入ることになる。
デザイナー兼ディレクターとして実績が認められパリ市長賞を受賞する。その後、ヴェロニク・ニシャニアンは10年以上もの間、エルメスのメンズ・プレタポルテを率いて行くのである。
ヴェロニク・ニシャニアンはエルメスのトレードマークの魅力を引き出した。
高級素材を使ってシックで上品な作品を発表し続けます。
今日のエルメスのブランドの持つ、イメージを作り上げてきたのはヴェロニク・ニシャニアンと言えるであろう。

■マルタン・マルジェラ

マルタン・マルジェラは1957年にベルギーのルヴァンに産まれた。
彼は、10代からデッサンの勉学を学び、アントワープ王立芸術アカデミーを卒業後する。
のち、1984年にジャン=ポール・ゴルティエのショーに感動を覚え、ジャン=ポール・ゴルティエのアシスタントとなるのである。マルタン・マルジェラは1988年のパリコレクションで、レディースのプレタポルテにてデビューを果たする。のち、1997年にデザイナーに就任する。部門はエルメスレディース・ウェアである。
このコレクションでは斬新なウェアを発表した。
そして大きな成功を収め、エルメスのレディース・ウェアブランドの認知度を高めた立役者になる。
マルタン・マルジェラは1998年から2004年の春夏コレクションの担当でもある。
2004年の秋冬コレクションを期に、マルタン・マルジェラはジャン=ポール・ゴルティエへとデザイナーを託した。

■ジャン=ポール・ゴルティエ

ジャン=ポール・ゴルティエは2004年よりレディース・ウェアのデザイナーに就任する。
まだごく最近の話ですね。

ジャン=ポール・ゴルティエは1952年、フランス・パリで産まれた。
18歳の年、1970年にピエール・カルダンのアシスタントとして自分の持っている実力を発揮するのである。
その後、ジャン・パトゥ、ジャック・エステレルなどで経験を積みる。
そして1976年、ジャン=ポール・ゴルティエ自身のコレクションを発表することになる。

ジャン=ポール・ゴルティエの作品はアヴァンギャルドで、80年代のボンデージ・ファッションや下着ルックで一躍注目を浴びた。1990年にはマドンナのワールドツアーの衣装を手がけます。
また、映画の衣装など、多くの作品を手がけている。
ジャン=ポール・ゴルティエは、今、エルメスのデザイナーとしても高い評価を得ているのである。

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